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![]() 栃木を代表する根性の塊、お馴染みのスタイルは、皆さんご存知のあ のスタイル森の石松をもじって三度笠スタイル絶対忘れないね。 |
今のガッツさんでは想像もつかないね
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ラグナ | デュラン | ゴンザレス1 | ピネダ1 | ゴンザレス2 |
ブキャナン | ピネダ2 | ロハス | ヘスス | ムアンスリン |
チャンピオンベルトを奪取した試合
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イスマエル・ラグナ×鈴木石松 昭和45年6月6日 . ライト級 現地に出かけて挑戦 . TKO13回負け 未だ鈴木石松の頃、中量級のホープとして日本では認められ愈愈 世界にと・・当然チャンスは廻って来た。この試合は海外で行われた ので日本には記録しか残っておらず、ビデオは無く私も見た事は無い 幾ら石松でも世界のレベルは高く13回で敗戦の涙を飲む。 |
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ロドルフォ・ゴンザレス×ガッツ石松 昭和49年4月11日 WBC ライト級 東京 ・ 日大講堂 . 8回 KO ガッツ石松 石松が大番狂わせで、世界の頂点に躍り出た。世界ライト級は、伝統 的に層の厚さを誇るクラス。石松も過去2度挑戦し、いずれもKOで敗退 して居る。今回対戦するゴンザレスも、59勝49KOの一流王者。石松 に勝機無しとする見方が、圧倒的だった。石松はだが、一世一代の素 晴らしいボクシングを披露する。メキシカン独特のボディー攻撃にひるま ず、左ストレートで突き放し、強い左フック、右ストレートで応戦。特に左 フックは出色のできで、此れがKOへの引き金となった。8回、左フック がカウンターでヒット、王者がよろめく、ここで石松は、左フックをショート で打ち、それにかぶせる様に右をフォローする。石松の言う「幻の右」を 爆発させた。ぐにゃりと腰から崩れ落ちる王者。完全なKOだったが、 アメリカ人レフリーはゴンザレスの腕を取って引き起こすという信じがた い反則行為に出る。しかし石松はかまわず、グロッキーのチャンピオン をめった打ちし、日本人として初のライト級タイトルを獲得した。石松は この一戦を、ためらいなく「俺のベスト・ファイト」と言い切る。 |
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ガッツ石松×チュリー・ピネダ 昭和49年9月12日 . WBCライト級 愛知 ・ 愛知県体育館. 引き分け 石松の初防衛戦は、予想外の大苦戦となった。メキシカンの挑戦者は 手数としつこさが身上のファイター。このきめの粗い攻撃を、石松は初 回から持て余す。ウェイト・コントロールの失敗に加え、初防衛戦の緊張 が、王者の動きを束縛したらしい。石松は中盤までの失点を13回から 取り戻し、辛うじてドローに迄持ち込んだ。この頃から石松は、タレントと してテレビに登場するように成り、調整不足を批判する声もあがり始めた |
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ガッツ石松×ロドルフォ・ゴンザレス 昭和49年11月28日 . WBC ライト級 大阪 ・ 大阪府立体育館 . 12回 KO ガッツ石松 石松の右一発が、再びゴンザレスを制した。4月の戦いのリタアーン マッチ。減量苦の石松は、前回に比べ動きに切れが無く、右に頼り過ぎ る、一方のゴンザレスも、この右を警戒するあまり、踏み込みが足りない 前半、挑戦者のボディ攻撃に苦しめられた石松は、8回すぎから徐々に 反撃。12回、ワン・ツーでよろめかすと、すかさずオーバー・ハンドの右 で追い撃ちをかけ、ゴンザレスをマットに叩きつけた。見事なワン・パンチ ノックアウトだった。敗れたゴンザレスは現在青少年センターでボクシン グを教えて居る。一時は俳優をめざしたこともあったが、ここでも石松の 方が一枚上手だったようだ。 |
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ガッツ石松×ケン・ブキャナン 昭和50年2月27日 . WBC ライト級 東京 ・ 東京体育館 . 判定 15回 ガッツ石松 ブキャナンは、ボクシング発祥の地イギリスの誇る正統派のテクニシャ ン、3年前、あの”石の拳”ロベルト・デュランに王者を奪われたもののそ の実力は高く評価されて居た。アップライト・スタイルから突き刺す左ジ ャブは、ストレートの威力をもち、このパンチがヒットする度に、石松は大 きくのけぞる。技術戦では勝負に成らない。そこで「いちかばちかの喧嘩 ボクシングに出た」という石松は、強引な接近戦に。この作戦が成功して 端整なボクシングを崩されたブキャナンは、年齢からくる足と感の衰えも 露呈し、13回にはダウン寸前に陥る。石松は3対0の判定で快勝 |
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ガッツ石松×チュリー・ピネダ 昭和50年6月5日 . WBC ライト級 大阪 ・ 近大記念会館 . 判定 15回 ガッツ石松 石松は前年、このピネダと対戦し、引き分けで辛くも初防衛を成し遂げ て居る。今回の再戦も、大苦戦となった。出だしは、ワン・ツー、左フック で好調な石松だったが、中盤でスロー・ダウン。ピネダのしつこい接近 戦に、顎をあげるシーンが増える。だがピネダも、減量苦の王者を追い 込みながら、決定打が無い。挑戦者のスタミナ切れを見てとった石松は 13回からスパート。捨て身の連打でポイントをあげ、叉も逃げきったが 世界戦としては低調な内容。石松は愈愈、ウエイト・コントロールが困難 に成って来た。 |
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ガッツ石松×アルバロ・ロハス 昭和50年12月4日 . WBC ライト級 東京 ・ 日大講堂 . 14回 KO ガッツ石松 石松はこの試合の為に、19kgという異常な減量を強いられる。その 影響は、第1ラウンドから現れた。動きの鈍い王者を、中米コスタリカか ら来たブル・ファイターは攻めまくる。単調でスピードも無いが、その執 拗さだけは、一級品だ。ロハスに一発の強打があったら、石松は立って いられなかったに違いない。「前半はカラダが動かないからね、足を使 って攻撃をかわし、後半勝負する作戦だったんだ。突進してくる相手に は右アッパーが有効だと思って、狙ってたよ」。その右アッパーがつい に14回、向かってくる挑戦者の顎に炸裂。ロハスはぐにゃりとへたり込 む様に倒れ、49戦にして初のテン・カウントを聞いた。 |
ガッツ石松×エステバン・デ・ヘスス 昭和51年5月8日. WBCライト級 プエリトルコ に遠征して . 判定 15回 エステバン・デ・ヘスス 日本人の世界戦の連敗を7で食い止めた石松だったが、此れがチャン ピオンとして最後の勇姿となる。プエルトリコに遠征して防衛戦で試合 巧者のヘススに敗れ、5度守り抜いた王座に別れを告げた。 |
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センサク・ムアンスリ×ガッツ石松 昭和52年4月2日 . WBC Jrウエルター級 東京 ・ 蔵前国技館 . 6回 センサク・ムアンスリ 約1年のブランクの後カムバックした石松だが、1階級上のセンサクに はまるで歯が立たなかった。4回から攻撃に出た王者は、減量に苦し んだ石松の弱点のボデーに重いパンチを集中。6回、左フックを脇腹に めり込ませ、1度目のダウン。マウスピースを吐き出しながら立ち上が った石松のボデーを、今度は左アッパーでえぐりフィニッシュした。 我が郷土から出た世界チャンピオンも減量には勝てず、ついに引退の 時期が来た。今の石松を見れば如何にライト級での試合が大変だった が伺える。それにしてもこの石松と戦って今だ、ロベルト・デュランは、 健在であった。漸く98年の試合を最後に引退とか・・・凄いね |